かの外宇宙からの生命体が地球圏に到達してから28年、戦争は未だ続いていた。 「ヒュウ…」 重力がなくなる感覚、孝之の口から空気の抜けるような音が漏れる。 着地による衝撃で戦術機の脚部の関節が軋んだ。だがその軋みによる衝撃は球状のコクピットシステムブロックにより吸収され、孝之は操作に支障をきたすことなく戦術機を動かした。 (目標はッ) 戦術機の目は周囲の状況をスキャンし、残骸となったビルの影にいる目標の姿を即座に捉える。そのまま目標の視線がこちらに向いたと同時に87式突撃砲から銃弾を発射、目標の頭部を粉砕した。 飛び散る破片と体液を確認した鉄の巨人は、頭部を紛失してなお両腕を振り上げる目標に対してさらに銃弾を発射する。 そして銃弾の命中した両腕から光が漏れだし、目標であるBETA(人類に敵対的な地球外起源生命)は爆散した。 「こちら鳴海孝之、目標の活動停止を確認。」 『遅いわ、この糞虫!』 「うわっ!?」 ヘッドフォン越しに野獣のような声が響く。 『こっちが2匹倒す間にそっちは1匹しか片付けてないじゃないのさ。』 「仕方ねえだろ、こっちはレーザー級のッ」 『3匹目!』 孝之の声を遮るようにあゆが叫ぶ。 『フン、こっちも片付いたさ。』 「これでこっちの受け持ちは全部片付いたな。」 『まゆまゆ。状況を報告して。』 『御意!』 朽ち果てたデパートビルの屋上に玉野まゆの機体はあった。 ワンアイの頭部にバックパックとして装備されたミサイルポッドと肩部にあるレーダーサイト、なによりも他の戦術機にはない4本の足がこの機体の特異性を物語っている。 『現在、このエリア内にBETAの反応はありません。』 「玉野さん、つまり全滅したってことでいいのかな。」 『はい〜。そのようですね。』 いつものノンキな玉野の物言いに苦笑しつつも孝之は回線を開いた。 「崎山指揮官、こちらチーム:スカイテンプル。該当エリアのBETAの殲滅を確認、次の指示をお願いします。」 「了解しました。」 軍司令部にいる崎山健三は孝之からの通信を受け、マイクを取った。 「こちらの方でも全エリアのBETAの全滅を確認いたしました。」 回線ごしに安堵の吐息が漏れる。それは他の2機も同様だった。 「現在、国連の方々も撤収を開始しましたので…」 そして健さんはその日一番の笑顔でもって答えた。 「みなさんもご帰還なさってください。今日はご苦労様でした。」 こうして早朝0630よりおよそ12時間かかった戦闘はBETAの壊滅を以って終了した。 「お久しぶりです崎山大佐」 部隊への撤退を通達を終えた崎山は何者かに呼び止められ振り向いた。 「…君は?」 「お忘れでしょうか。アナタの下にいた福永です。」 崎山にはたしかにその顔に見覚えがあった。 「…福永…第13師団の福永少佐ですか。」 「覚えていただいておりましたか。今はこの国連の基地で司令官をやっております。」 「なるほど、その精悍なお髯のおかげで思い出せませんでした。それと私も今は大佐ではなくただの雇われ指揮官です。」 「聞いております。軍を退役していたと聞いていましたがまさかこんなところでお会いするとは…」 「アナタも元気そうでなによりですね。」 「軍に戻る気はないのですか。」 「私は部下も家族も死なせた男ですから。」 「……」 「今でさえ私には過ぎた立場です。」 「そうですか。 …大空寺重工実験部隊『すかいてんぷる』、以前の指揮官は無能と評判でしたがそれにしても指揮が変わるだけでこうも戦力としての差が出るとは…」 「ええ、良い部隊です。この戦果は彼らの正当な実力です。」 (ですが…これほどの戦果とは奇妙な話ですね。) 聞けば帝国軍の方も絶対防衛線を抜けられはしたものの、大した被害はないという。 今回のBETAの進軍は佐渡島のハイブから進軍し、本土上陸後に複数の部隊に拡散していた。そのため鉄壁の帝国の防衛線も抜けられはしたのだが、チリジリになったBETAの戦力では今回のような結果になるのは明らかだった。 「何か狙っている…とか」 「はい?」 「いえ、なんでもありません。」 憶測だけでは答えは出せない。何より自分は一介の雇われ指揮官なのだ…そう崎山は考え自重した。 ガチャン… 「ただいま」 誰もいないとわかっている部屋の電気をつけ、孝之はベッドに寝転がった。 (つかれた…) 出撃のある日はいつもこうだ。肉体も精神も疲れ果てているのに神経だけが鋭敏になって眠ることも出来ない。 (水月は今日はこないって言っていたな) 水月は横浜基地の食堂のひとつで働いている。戦闘終了後が水月にとっての仕事の開始になるらしい…と孝之は聞いていた。 「まあ仕方ないけどさ」 こんなときこそ一緒にいて欲しい…と思いつつ、寝転がりながら部屋を見渡すと机の上に置かれた電話に紅いランプが点滅しているのが目に入った。 本来横浜基地の兵士の部屋には電話などというものは配備されていないが大空寺重工のゲストとしての扱いで在籍しているため、孝之にはいくつかの特例が存在していた。そして特例のひとつがこの専用電話だ。 とはいえこの回線を知っているものの数自体が少ないため、電話が掛かることはめったにはないのだが。 (留守録か。誰からだ?) 孝之は再生ボタンを押した。メッセージは2件ですと機械の声。 『おっす。平です。』 「慎二?」 『オーストラリアの勤務は日本と違って結構快適だぞ。もうしばらくしたらそっちに行くことになるからそのときは速瀬と3人で飲もうぜ。それじゃまたな。』ピーッ。 久しぶりの親友の声だった。平慎二は1999年のBETAによる本国進攻後、オーストラリアに疎開し、そこで軍に入隊していた。孝之も大空寺重工に雇われるまでは手紙でやり取りをしていたが、電話が入ったことで何度か会話する機会があった。だがここに戻ってくるとなると実際に会うのは3年ぶりとなる。 「あいつ、帰ってくるのか。」 (…水月にも知らせてやるか) 孝之は久しぶりに親友の顔を思い浮かべた。 「次の留守電は…」 だが次の電話はなかなかつながらなかった。 「間違いか?」 『……涼宮です』 …え? 久しく聞かなかった声、そして涼宮…孝之は電話を凝視した。 『大変ご無沙汰しておりました。その後、お元気でしたでしょうか。』 その中年男性の声は紛れもなく孝之の知っている人物のものだ。 カレンダーを見る。あの忌まわしい8月27日まで後一ヶ月…メッセージはさらに間をおいて続けられた。 『実は……遙が目を覚ましました』 「えっ?」 孝之は声をあげ、反射的に電話をとりあげようとした。 ハルカ…遙……だって? 『今更、我侭を申し上げて大変申し訳なく思いますが…』 あまりの衝撃にメッセージの声が遠く感じられる。 『どうか…娘に会いに来てやってもらえませんか? 娘はアナタに会いたがっております』 遙が目を覚ました…遙が? 嬉しいのか辛いのか、何も考えられなかった。ただ空白のように白くなった頭の中で「遙が目を覚ました」という言葉だけが何度も繰り返し響いていた。 To Be Next Episode. |