- 君が望む永遠 Un Limited - Episode 3 『戦術機』
 病室の中、涼宮遙は考える。
 さきほどまでここにいたのは鳴海孝之だったのだろうかと。
 そばにいたのは速瀬水月だったのだろうかと。
 霞がかった頭の中で確かに孝之も水月もいたのだろうと遙は考えた。
 白い天井を見上げながらこの広い部屋に一人は寂しいと思い遙は外を見た。空しか見えなかったがそれでも流れる雲を見ていれば寂しさも紛れるだろうと。…が、それももうどうでもいいように思えた。
 明日は孝之君は来るだろうか。その次の日もまた来るだろうか。
 遙は寂しくなってまた空を見た。

「遅いぞ糞虫!」
「悪かったな。時間には間に合ったんだからいいだろうが」
 11時00分、孝之は時計を見るながら答えた。
 11寺にPX前に集合、昨日の話では確かそう言っていたハズだ。朝、水月といっしょに遙のところに見舞いに行ったためにギリギリとなってしまったが遅刻ではない。
「ハッ、アタシより遅かったら遅刻も同然に決まってるじゃないのさ」
「なに勝手ぶっこいてんだお前は!!」
「あにさ、食物連鎖の底辺にいる糞虫の分際で人間様に意見すんな!」
「な…お、お前こそそんなちんちくりんな格好で人間様を名乗るんじゃねえよ!」
「う、うがぁ!? あんですとーーー!!!」
「ばーか、ばーか、ばーか!」
「あの〜」
「「なんだ(あにさ)?」」
 突然割り込んだ言葉に孝之とあゆは怒声で返す。
「お時間も過ぎたようですしそろそろいきませんか〜?」
 ふと我に返る二人の前にはいつもと変わらぬ笑顔で答える玉野まゆの姿があった。
「そうね。時間もないことだし今日ばかりは見逃してやるわ糞虫」
「お前な〜…あ〜もういい。それで今日会う部隊が『対戦相手』ってことだよな」
「はい、そうですねぇ」
「たしか207A分隊とか言ったわね。まだ実戦どころか実機にもロクに乗ってないぺーぺーのヒヨコ以下のところだろ?」
「ええ、確かに資料によればそうなっていますね」
「そんなのを相手にテストの意味あるのか?」
 純粋な疑問として大空寺はその台詞を口にした。
 大空寺重工実験部隊『すかいてんぷる』、彼らの所属しているのは軍隊ではない。彼らは大空寺重工の派遣社員であり、形式上は自社製品の試作型戦術機OS(用途別によってカスタマイズされているがハードである機体の基本的な構造は従来の戦術機のモノを使用している)の運用実験を実戦でテストしている部隊となっている。
 またそれ以外にも定期的に模擬戦を行いテスト結果を本社に送っているのだが、その相手の部隊のことを『対戦相手』と称していた。
「確かに実戦経験のないぺーぺーのぱーぱーの方達ですがどうも本社の人たちはこの人たちの乗っている不知火との戦闘データを希望しているらしくて」
 『不知火』、94式戦術歩行戦闘機不知火。純国産高等練習用戦術機『吹雪』を元に開発設計された機体であり次期主力戦術機と言われている。
「ガキのおもちゃとしては過ぎたシロモノよねえ」
「しかし先輩、シュミレーション結果も新人さんとは思えないデータですし侮れませぬ」
「はっ、ちょっとばかし結果がいいからって調子に乗ってるやつらなんざあたし一人で蹴散らしてくれるわ」
「でもこの隊の隊長の涼宮さんなんてとても新人さんとは思えないようなデータですよ」
「…スズ…ミヤ?」
 大空寺に食い下がる玉野の言葉に孝之は良く知っている名前を聞いた。
「鳴海さん?」
「玉野さん、それちょっと見せてくれるか?」
「あ、はい」
 奪い取るようにして207A分隊の書類を受け取った孝之は隊長の名前を見て愕然とする。
「涼宮…茜…」
 そこには間違いなく自分の良く知る人物の名前が書かれていた。
「知り合いですか?」
「あ、ああ…ちょっとね」
 この基地の中で涼宮と名のつく人物は二人しかいない。そして下の名前が茜ならば自分の想像している人物に間違いなかった。
「………」
「…な、なんだよ大空寺?」
 目の前には何も言わずにジーと孝之を見る大空寺がいた。
「……糞虫、お前」
「?」
「なんか泣きそうな顔してるぞ」
「あ…」
 孝之は大空寺から目をそらした。
「…う、うるさい。なんでもねえよ」
「うがぁ、うるさいとはなんだ!うるさいとは!!」
 大空寺に罵倒されるも孝之は大空寺のほうを向けなかった。向ければ目の前のこの生意気な女に何かを見透かさそうになるような気がしたからだ。
「あ〜もういい! 時間もないしさっさといくぞ!!」
「あ、ああ…」
「それでは参りましょう」
 再び歩き出した二人の後を追うように孝之もまた歩き始める。
 だが孝之はこれから向かう先のことを考え、できることなら引き返したいと考えていた。

「見違えたな涼宮」
 涼宮茜の今日の戦術機のシュミレーション結果は以前に比べてかなり向上していた。
 煙幕によるかく乱により動揺した相手を冷静にし止め、もう一人の相手に対しては銃弾が切れたのを見計らい一撃でコクピットを撃ち抜いた。
「二対一にも関わらず無傷での勝利とは…昨日までの動きとは大違いだ」
「はい」
 だが茜には教官からの言葉もまるで嬉しいと感じれらない。それはこの結果が嬉しくない状況が生み出した副産物だからだと茜には分かっていたからだ。
 姉が目を覚ましたことによる混乱はもうない。今はただ透き通るような怒りが彼女の精神を高め、緊張感を生み出していた。
「どうした?」
 普段とは明らかに違う茜の様子を見ながらまりもは尋ねる。
「何か不満でもありそうな顔をしているが…」
「いえ何も…」
「そうか、まあいい。それだけ動かせるのなら実機での操作も問題ないだろう」
(実機の操作?)
 隊員全員がまりもの顔に集中する.
「お前たちには今から一週間後に実際の戦術機で戦ってもらう」
「なっ!?」
 隊員たちの間でざわめきが起きる。今の自分たちの腕で戦場に出るなど殺してくれといっているようなものではないか…そう誰もが思った。
「とは言ってもやるのは戦術機同士の模擬戦、それも二対六のハンデ付だがな」
 隊員たちの安堵の声が漏れた。
「相手はあの大空寺重工の次世代試作型戦術機『蛟竜』と『斑鳩』だ」
「……大空寺?」
 茜はまりもの言葉からある人物の名前を頭に浮かべた。
(それって確か…)
「次世代とはいってもスペック上は現行の不知火との違いはあまりない」
(あの人のいる…)
「数において勝るこちらが勝つ要素は十分ある」
 今の茜にはまりもの言葉は耳に入らなかった。
 大空寺重工の試作型戦術機。この基地内でそんなものを扱っている部隊はただひとつ、あの人物のいる『すかいてんぷる』以外にはありえない。
「鳴海…さん」
 茜はかみ締めるようにその人物の名前をつぶやいた。

 まりもの説明が終わると続いて裏でモニタしていたらしい『すかいてんぷる』の隊員が茜たちの前に現れた。他の隊員は金髪の小さい女の怒声と態度に驚いてたが茜だけはやはり孝之の方だけを見ていた。この男に勝てばこの気持ちも晴れるだろうか…いや晴れはしないかもしれないが姉のためにも負けるわけにもいかないだろう…と。なぜだかそう考えていた。

To Be Next Episode.

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