- 君が望む永遠 Un Limited - Episode 4 『代弁者』
 遙が眠りについてから1年、あの頃の孝之はBETAの侵攻と遙のことで心のバランスが壊れかけていた。
 だから突然遙を病院から連れ去ろうとしたことも当時の孝之のことを知っている人間ならまったく理解できないということもないしその件から遙のお父さんも限界を感じ孝之に『もう来ないで下さい』と告げたのも仕方のないことだったのだと思う。
 茜に言わせればその残された傷心の孝之の隙間に入り込んだのが私…ということになるのだろう。
 その後、孝之は遙のお父さんの紹介もあり大空寺のテストパイロット候補生としてオーストラリアに、私もそれについていくことになった。
 新しい生活、新しい仲間たちの中で孝之も徐々に人間らしさを取り戻していった。
 だが現在、私たちは国連太平洋方面第11軍横浜基地…かつての私たちの住んでいた土地にいる。それはなんら意図するもののない偶然の出来事、でも私たちだけでなく彼女らもここにいることは考えてなかった。
 もう二度と会わないと思っていたのに、私たちは再び会ってしまった。



 …その事実が水月の心に影を落とす因子である。


「………」
 その「彼女ら」の1人が目の前にいた。
 涼宮茜、かつての水月の後輩。だが彼女はもうそうは思ってはいないのだろう。茜にとって速瀬水月という女はただの裏切り者だ。
「茜…」
 呼び止めた水月に耳も貸そうとせず茜は先に歩いていった。
(…無視か)
 まあ仕方がない…水月は思う。
 だが茜は数歩先に行ったところで足を止めた。
(あ、孝之?)
 あの部屋は遙の病室、今日もお見舞いに行っていたのか。
「……姉さんの部屋を出た途端に溜息ですか?」
 水月のところにまで二人の声が聞こえてくる。
「えっと…その…」
 茜の言葉に孝之の顔が曇る。
「遙が退院したらまた一緒に街を歩こうと言って…それで…」
 しどろもどろに話す孝之、その言葉に茜の肩が震える。
 遙が言う街、孝之や水月、茜たちのいた柊町はもはや存在しない。
 それらはすべてBETAに奪い去られてしまった。
 だから最初にこの土地に戻ってきた時、水月たちもまずそれに衝撃を覚えた。
 分かっていたことだが自分たちの家はもう存在していなかったのだ…と。
 孝之の家は完全に破壊され、水月の家も大破した戦術機に潰されていた。
 だが遙はそれを知らない。
「しッ…失礼します」
 何かしらの思いが茜のなかを駆け巡っていたのであろう、耐え切れなくなったのか茜は遙の病室に走っていった。
「…………」
「孝之?」
 水月はその場に立ち尽くす孝之に思わず思わず声をかけた。
「水月…」
 孝之が振り返る。案の定、情けない顔をしている。
「どうして…ここに?」
「どうしてって…私、ここで働くことになってるんだけど。言わなかった?」
 来週からだが救護施設の手伝いをすることになっている。
 今日はその手続きをしに来ていたというわけだ。
「そういえば昨日いってたっけ」
 孝之もボンヤリとだが思い出した。
「大丈夫?」
「ああ。別に問題はない…と思う」
 昨日の戦闘訓練では確か薬物の投与もあったハズだ。
「…そう」
「ああ、一応検査は受けてるし問題はないさ」
 仮に問題があっても本当に伝えてもらえるのか…という疑問は口にはしない。
「そういえば」
 水月は思い出したことを口にした。
「なんだよ?」
「アンタ、茜と戦うんだって?」
 その言葉に孝之は文字通りギョッとなる。
「なんでそれを…」
「アンタの同僚が嬉々としてしゃべってたけど」
 孝之にはその姿が手にとるように思い浮かべられたので思わず頭を抱えた。
(あのバカ大空寺)
「で、どうなのよ?」
「戦うって言っても模擬戦だよ。ペイント弾を使って撃ち合うヤツ」
「ふ〜ん」
 水月は孝之の同僚の言葉を思い出す。
『ふんっ、あんなルーキーどもハチの巣さ。あたしが五分刻みでやってやるのさ!!』
「本当に?」
 あの娘の言葉からは実戦以上のハードそうな内容に聴こえたのだけれど…と、水月は思った。
「本当だって」
 無論事実なので孝之は水月の疑問を否定する。
「でも私には黙ってた」
「余計な心配かけたくなった…それだけだよ」
「それこそ余計な気遣いよ」
「ああ、ワリィ」
「まあいいわ。そういえば孝之、遙の具合はどうなの?」
 水月は手続きのためにこちらに来たものの、この病室の前を通ったのは遙の見舞いのためである。
 だが茜のこともあって聞きそびれていた。
「今は寝てる。とりあえずは順調に回復してるように見えるけど…」
 その後の孝之の言葉が続かない。
「どうしたの?」
「やっぱり時々記憶が途切れている。今日だって何度かおかしくなったようだし」
「そう」
 水月はうつむき呟いた。
「早く…」
「早く?」
「早く、元に戻ればいいのにね遙」
「……そう…かな」
「えっ?」
「遙にとってこの世界はあまりにも…」
 あまりにも残酷だ…とそこまで言葉は続かなかった。だがその意味は水月にも分かる。
「…うん、そうかもね」
 何も知らない遙、それはこの世界にとって『もっとも幸せな人間』ということなのではないか。
 そう感じられずに入られない現在。
「遙が羨ましいなんて言うつもりはないけど…さ」
 孝之は言葉を続ける。
「できれば何も知らないまま、このまま生きていてくれればいいと思ってる」
(それは…)
 無理だろうとでかかった言葉を水月は押し止めた。
「そうね」
 戦争があっても、それでもそれはまだブラウン管越しの外の世界、自分たちの住む家があったあの頃。そして遙はただ1人、まだその頃にいるのだとしたら…まだ日常にその身をおいているのだとしたら…
「私もそう思う」
 理不尽にそれらを取り上げられた自分たちを思えば、遙からそれを取り上げようとすることもまた理不尽な行為なのかもしれないのだが…
(それでも)
 やはり隠しておくのはいけないと、例え残酷であったとしてもそれを決めるのは遙なのではないかと、水月はその言葉を結局孝之には伝えられなかった。
 だからその場でただ笑って同意することが彼女に出来たすべてだった。

To Be Next Episode.

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