ただ涼宮茜の技量が他の隊員よりも上で ただ涼宮茜の相手への執着が他の隊員よりも上で ただ大空寺と孝之の技量が彼らのソレを軽く凌駕していた。 それだけのことで207隊は完全に分断された。 一瞬だけ見せた孝之の姿に惑わされ茜は独走した。 ソレを止められる隊員はなく、逆に横殴りに浴びせられた銃弾に足止めを喰らった。 ソレに気付いた茜もまた姿なき敵の銃弾に踊らされ隊と離れることを余儀なくされた。 若き衛士達はたった二機の銃弾に操られ、その距離を離されていった。 そして開始よりわずか5分、こうしてここに1対1、1対5という非常にアンバランスな構図が完成した。 「クッ、当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ!!!」 けたたましく唸りを上げる銃声とともに茜の怒号が操縦席に響き渡る。 相手は倒壊した建造物の裏に回りこちらを挑発しながら移動し続けていた。 「…馬鹿にしてぇ」 ハメられた…そう茜は感じた。自分が追っていた相手は鳴海孝之、あの男だったはずなのになぜあの女がここにいるのか? 至極当然の答え、鳴海孝之を餌に自分は釣られたのだ。自分があの男に執着していることを見透かされ利用されたのだ。 結論が頭に浮かび、怒りで理性が吹き飛びそうになるのを堪え、歪んだ顔で茜は笑った。 (ならばこの女を倒せばあの男も引きずり出せる) 必死に理性を持ってその答えを導き出す。そうでも思わなければ冷静でいられないからそう思い込むことにした。 だがそれは遥かに甘い考えだったとすぐに思い知る。 かの機体はビルの陰から陰に動き、茜の弾をすべて避けきり、少しでも茜機の動きが止まろうものなら弾丸を撃ち込んだ。故に弾幕により視界がさえぎられようと、ただ弾の無駄使いに過ぎないとしても茜は撃ち込む以外にできることがなかった。僅かに見えるビルの隙間に出る大空寺の機体に偶然当たることを期待して攻撃するしかなかった。 『そ〜ら、こっちも撃つぞぉ』 耳障りなノイズ混じりの声がヘッドギアから響いていくる。 (ウルサッ) 茜の苛立ちから出た心の声が終わるよりも速く解き放たれた銃弾は精密に盾・盾・盾・左手と横一列に4発命中した。 「って」 そして当たった反動で左のマニュピレータから茜の銃が弾き飛ばされる。 「銃が!?」 振動を全身に響かせながら思わず叫んだ。そしてその次の瞬間の終わりを覚悟した。 「?」 だが終わりは来ない。それどころかその機体は仁王立ちで茜の前に立っていた。 「な、なんのつもりよ!?」 『何ってここで終わったら面白くないじゃないのさ?』 大空寺は嬉しそうに言い放つ。笑いを堪えたような声に茜の怒りが沸騰する。 「あ、アナタねえ」 『あん、声が震えてるぞ。怖いか? チビッたか?』 「くっ」 あくまでも挑発的な口調に怒りで茜の血の気が引いた。 『にしても全然駄目ね。ちょっとは面白い動きを見えてくれるかと思えば』 トーンが落ち、大空寺の声の質が嘲笑から冷ややかなものに変わる。 『照準が正直(まとも)過ぎ、反射速度が鈍い、トロ過ぎだわ』 (…!?) 『防御もなっちゃいない。隙が多すぎる。そんなだから武器を持つ手がもうお留守じゃないのさ』 それは茜にも分かっている。自分と目の前の女の差は明らかだ。 『何を習ったんだかしらんけどな、マニュアル通りにやってますというのはアホの言うことさね』 「あーもう、五月蝿いッ!」 だが冷静になれない。歯止めが利かない。 「だからなんだっていうのよ!!」 怒りが口から吐き出される。 『だ〜か〜ら〜さぁ』 馬鹿にした声で大空寺が答える。 『そんな糞みたいな腕じゃあ、あの鳴海孝之だって殺れやしないってことにとっとと気付けって話さ糞ルーキー!』 ギリ…と音が聞こえるぐらいに茜は歯を食いしばる。 「…う…」 『あ?』 「うるっさぁああああああいいい!!!!」 踏み込み、飛び、一気に跳躍ユニットを噴かした。 『!?』 オートモードで74式近接長刀を抜き出し、そのまま弾丸のごとき勢いで大空寺の機体『蛟竜』に切り出す。 『ははははっ』 大空寺は僅かなステップでその攻撃を難なく交わす。 「糞ッ」 だが茜も跳躍ユニットの噴射バランスを変え最小限の動きでUターンしながら再度大空寺に切りつけた。 『いいねぇ。その感じよルーキー』 その切っ先を完全に見切り避ける大空寺機。 「銃がないなら剣で倒せば良いだけよ!!」 『アタシ相手に接近戦ね。面白すぎるわ、それ』 3度目の切り込みも避けバックステップで間合いを取る。 『フンッ』 銃声。 「ッキャア」 追走しようとした茜機の足元に銃弾が走り、勢いを殺される。 『仕切り直しだ』 そう言って大空寺は今撃った銃を捨てた。 「?」 キョトンとする茜を尻目に大空寺機はその右腕を前に出した。 『ホラヨッ』 大空寺の声とともに右腕が開き、中に仕込まれた獲物が引っ張り出される。 ソレは普段は戦闘用のクローとして出ていた二本の爪であり、引っ張り出され、折り畳まれていた部分を広げた状態では2対の剣と呼べるほどのサイズになった。 「…クッ」 再び茜が走り出す。 「銃を捨てて仕込み刀で勝負って?」 跳躍ユニットによりさらに加速する。 「いくら場数が違うからって馬鹿にし過ぎじゃない!!!」 『フンッ』 火花が散った。 加速した茜機の斬撃を大空寺機は正面から受け止めた。 『馬鹿にしてるのは確かだがな』 嬉しそうに話す大空寺。 『アタシの得意分野は本来こっちなのさ』 茜の刀をいなし攻撃を仕掛ける。 「!?」 新人とは思えぬ刀さばきで茜はその斬撃を弾いた。 『知ってたか?』 「そんなの知らないわよ!!」 知っていた。だがそんなことは口にはしない。見せられた資料テープの大空寺機の鮮やかな剣舞、それに見惚れてしまったことなど本人の前では口が裂けても言えない。 『だったら知ってッ』 嬉しそうに言う大空寺、だがその言葉は最後まで紡がれなかった。 『…ッな…』 「!?」 突然大空寺機の動きが止まる。反射的にその隙を突こうとした茜だったが突然のアラームの音に同じく動きを止めた。 『アレはッ!?』 大空寺が叫んだ。それは先ほどまでとは違う、怒りと恐れの感情の混じった声。 合わせて茜も機体を振り向かせ大空寺の視線の先、後方の空を見た。 「…え?」 そして茜はありえない光景を目にする。 「空に一閃の光…」 一閃…否、それは幾重にもある閃光が一つにまとまったように見えただけ。正確な数字を挙げるならば28ものレーザーが折り重なった光の柱。 「え、だって…嘘…?」 『………』 茜の問いに大空寺は答えない。いや答えられない。 ソレはこんな場所では決してありえない光景だったからだ。 いや、決してあってはならない光景だった。 だが無情にもありえないなどという甘い考えを粉砕する知らせが二人に届く。 『こちら中継の玉野です』 高速移動砲台として生み出されヨーロッパ戦線を駆け巡っている新型戦術機『タラント』。 『映像の方、見れてますか?』 その機体を元に情報収集型の特性を持たせ、これを中心とした少数編隊で戦域を支配することを目的とした戦術機があった。 『計測結果出ました。Aサンプル比率96.5%、Bサンプル比率86.3%、Nサンプル比率05.1%、あの閃光は間違いありません。』 名を『大蛇(オロチ)』、大空寺重工が生み出した幾つもの試作機の中でもすでに実戦配備を予定されている完成された戦術機だ。 『…あれはBETAの…』 そのオロチに乗っている玉野まゆのくぐもった声が全員に響く。 『…高出力レーザーです!!』 何故?…この答えに答えられる者は今はいない。 To Be Next Episode. |